地域における医療体制の充実に反対する人は少ない。「医師不足解消」と言われれば、賛成する声が多いだろう。しかし、人口減少社会において、医師を増やすことは様々な弊害を生む。今後、患者不足や医療費の増加、医学部入試の劣化などが顕在化していく懸念もある。果たして、どのような医療サービスが求められるのか?
人口減少問題の第一人者で、最新刊『縮んで勝つ 人口減少日本の活路』が話題のジャーナリストの河合雅司氏(人口減少対策総合研究所理事長)が解説する(以下、同書より抜粋・再構成)。
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真に医師不足を解決しようと考えるならば、医師の養成数増といった安易な手段に流れるのではなく、問題の本質に正面から取り組まなければならない。それには偏在が生じる要因を解き明かすことが必要だ。
実は、偏在で医師不足が起きている地域の多くでは、「患者不足」がすでに起きているのである。
民間中心の日本の医療機関には市場原理が働くが、病院や診療所も民間企業と同じく経営を維持するのに十分な患者数がなければ倒産・廃業に追い込まれるということである。近年は経営不振で負債を抱えて倒産するケースも目立っている。
一般的に高齢になるほど病気になりやすくなるが、社人研の推計によれば、65歳以上人口が2020年より少なくなる県は、2025年の10府県から2050年には26道府県に拡大する。
医療機関の場合、経営が苦しくなっても診療報酬という公定価格があるため、患者に価格転嫁できない。一方で高齢者人口が増える大都市圏は患者が激増し、別の意味での「医師不足」が生じる。このため、地方から大都市の医療機関の募集に応じて勤務先を変える医師や看護師が少なくない。医師や看護師が個人的に移るだけでなく、将来的な患者不足を懸念した地方の医療機関が、病院ごと東京に進出するケースも目立ってきた。
要するに、医学部の定員増によって医師が必要以上に輩出されると、地方では少なくなる患者を奪い合う競争が激化するのだ。それが患者の多い都市部への医療機関や医師の流出を促し、地方では過渡期の問題として“医師不足”が生み出されていくことになる。医師不足対策の強化が、かえって「医師不足」を生み出すという皮肉である。