総選挙で「手取りを増やす」と掲げて躍進した国民民主党の玉木雄一郎代表は、不倫スキャンダルが報じられると平身低頭のお詫びに追い込まれた。自民党と財務省はこの機に「玉木つぶし」に動き出したが、弱気に付け込まれて公約に掲げた減税の要求を後退させれば、その時こそ国民への裏切りと見なされ、厳しく責任を問われることになる。【前後編の後編】
自民党と国民民主党の103万円の壁をめぐる協議が始まった11月8日、厚労省が厚生年金加入の収入要件である「年収106万円の壁」の廃止を検討していることが一斉に報じられた。年金博士こと社会保険労務士の北村庄吾氏が語る。
「夫が会社員で、妻がパートなどで働いている場合、現在は妻が週20時間以上勤務しても、月収8万8000円(年収約106万円)未満であれば第3号被保険者となって厚生年金に加入しなくていい。給与から年金保険料が取られることはありません。しかし、今回浮上した収入要件の撤廃が実施されると、週20時間以上働いたら厚生年金に加入させられ、給料から厚生年金保険料と健康保険料を天引きされるようになります」
年間15万円の手取り減
国民にとって所得税・住民税の「103万円の壁」引き上げは減税で手取り増になるが、この「106万円の壁」が撤廃されると逆に手取りが大きく減るのである。
別掲の図は、「106万円の壁」撤廃で手取りがどれだけ減るか北村氏の協力で試算したものだ。
時給1000円のパートやアルバイトで週20時間勤務、月収8万6667円(年収104万円)のケースでは、厚生年金に加入させられると毎月の手取りが7万2492円へと約1万4000円ダウン。年間では約15万7000円も減る。しかも、この給与水準では保険料を支払うことで増える将来の年金額は「ごくわずか」だ。
「年収100万円だと厚生年金保険料は年間9万1500円引かれる計算になるが、1年加入して増える受給額は年5500円だけ。20年加入すれば年11万円増えるものの、その間に支払う保険料は183万円です。16年半受給してやっと元が取れる計算ですが、物価上昇などで年金は目減りするため、実際には20年近くかかります」(北村氏)
適用対象となる企業が「従業員51人以上」という規模要件も撤廃されるとされ、厚労省は対象者は全国200万人にのぼると推計しているが、これはまるで103万の壁を引き上げる動きへの“意趣返し”ではないか。
「どさくさに紛れて106万円の壁もなくしてしまおうというような話」(同前)であり、パートなど低所得者を厚生年金に強制加入させ、社会保険料を払わせることで、税収減を埋め合わせようという発想が透けて見える。
それはこれまでの議論の経緯を見ても明らかだ。北村氏が指摘する。
「今年は5年に一度の財政検証の年ですが、『年金部会』でも『有識者懇談会』でも106万円の壁を“撤廃”という議論にはなっていませんでした。たしかに、国は厚生年金の適用拡大を進めていましたが、次の年金改正では、51人の規模要件をなくす。さらに、将来的には月収5万8000円以上(年収約70万円)の人が全員、厚生年金に加入する『70万円の壁』に下げるシナリオが議論されていた。それがいきなり70万円を飛び越えて106万円の壁を撤廃するという話になった。あまりに突然出てきた改革で驚きましたよ。
103万円の壁引き上げが実現しても、一緒に厚生年金の106万円の壁が撤廃された場合、この収入水準の人は減税のメリットはほとんどなく社会保険料負担のほうがはるかに重い。差し引きしても手取りは大きく減ります」
増税も待っている
意趣返しのような動きは、年金保険料をめぐるものだけではない。経済ジャーナリストの荻原博子氏は今後、103万円の壁の減税議論が本格化すれば、財務省はその“対価”を求めて国民への負担増を迫ってくると見る。
「103万円の壁引き上げで失われる財源7兆円は、厚生年金の106万円の壁廃止による保険料収入の増加だけでは賄えない。財務省は今後、増税に走ることになる。
税制大綱では16歳から18歳までの扶養控除を見直すことになっているし、配偶者控除の縮小・廃止、あるいは政府税制調査会の中期答申に盛り込まれた給与所得控除の見直しや退職金増税などで、失われた税収分を取り戻そうとするでしょう」
さらに荻原氏は「今の財務省の懐は潤っている」と指摘する。
「国の税収は4年連続で過去最高を更新し、2023年度は72兆円。5年前より年間14兆円近く増えている。実は財務省は税収バブルなんです。それをいろんな基金に貯め込んでいる。そうした税収増と埋蔵金を使えば、国民負担を増やさなくても減税はできるはずなのです」
玉木氏が不倫スキャンダルで揺さぶられ、103万円の壁の引き上げを妥協すれば、その時こそ国民への裏切りとして断罪されるだろう。
(前編から読む)
※週刊ポスト2024年11月29日号