長いトンネルで発生しやすい「トンネルドン」
先ほど紹介した「トンネルドン」は、車両が高速でトンネルを通過するときに発生する音で、「トンネル微気圧波」とも呼ばれます。ここでは、私が過去に取材で得た情報をもとにして、そのメカニズムを説明します。私が取材した東北大学流体科学研究所には、新幹線の理想的な「顔」を考える研究室がかつてありました。
高速で走行する車両がトンネルに入ると、空気がトンネル内部に急激に押し込まれ、「圧縮波」と呼ばれる空気の「波」が発生します。「圧縮波」は、トンネル内部で徐々に立ち上がり、車両よりも先にトンネルの出口に到達します。そして、出口で急激に圧力が緩和されると、「ドン」という破裂音が発生します。
「トンネルドン」が発生するしくみ。筆者作図
これが、「トンネルドン」です。航空機が音速を超えて飛行するときに発生する「ソニックブーム」に似た現象なので、「トンネルソニックブーム」と呼ぶ学者もいるようです。
必要になった長い「ノーズ」
「トンネルドン」を発生しにくくするには、空気をトンネル内部に急激に押し込まないようにする必要があります。そこで、先頭車の「ノーズ」を長くして、車両の断面積が徐々に変化する構造が考えられました。
もちろん、「トンネルドン」は、車両の走行速度が速くなるほど発生しやすくなります。たとえ車両に速く走れる性能があっても、環境省が定める基準を超える騒音を出すことは許されません。このため、国鉄時代は、新幹線のスピードアップが長らく見送られました。
国鉄時代に開発された0系は「ノーズ」が短かった。新大阪駅にて筆者撮影
いっぽう、JRグループが発足してからは、「ノーズ」が長い新幹線電車が開発されました。これによって、騒音に関する基準をクリアしながら、営業最高速度を引き上げることが可能になりました。
ただし、先述した500系は、「ノーズ」が長いうえに、側面が曲面になった部分が多かったので、先頭車先頭部に乗客が乗降するドアが設けることができませんでした。このため近年製造された新幹線電車では、「ノーズ」の形を工夫して、先頭車先頭部にドアを設け、スムーズな乗降を可能にしています。
山陽新幹線を走る500系。特殊な先頭形状を採用したため、先頭車先頭部に乗降用のドアを設けられなかった。広島駅にて筆者撮影
【プロフィール】
川辺謙一(かわべ・けんいち)/交通技術ライター。1970年生まれ。東北大学工学部卒、東北大学大学院工学研究科修了。化学メーカーの工場・研究所勤務をへて独立。技術系出身の経歴と、絵や図を描く技能を生かし、高度化した技術を一般向けにわかりやすく翻訳・解説。著書多数。「川辺謙一ウェブサイト」も随時更新。