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田代尚機のチャイナ・リサーチ

BYDとトヨタ自動車で株価に明暗分かれる 世界最大の自動車消費市場で多彩なイノベーション企業が一斉に出現する中国自動車産業の強み

BYDを創業した王伝福CEO(Getty Images)

BYDを創業した王伝福CEO(Getty Images)

中国で続々と登場する、新エネルギー自動車業界への新規参入者たち

 1966年生まれの王伝福CEOがBYDを創業したのは1995年。中南大学冶金物理化学科を卒業後、北京非鉄金属研究院で修士課程を修了しているが、当時から電池の将来性を見据え、強い起業家精神を持っていたようだ。携帯電話などに使われるニッケル・カドミウム、ニッケル・水素充電池の製造を開始、2000年には中国で初となるモトローラー向けリチウム電池サプライヤーとなった。2002年には香港メインボードに上場、2003年には小規模な自動車メーカーを買収した。当時から電気自動車を世に出すといった大きな目標を掲げており、2008年には米著名投資家ウォーレン・バフェット氏がその戦略を評価し、投資しており、資本市場では大きな注目を集めた。

 しかし、最初から右肩上がりの急成長を続けたわけではない。低価格のエンジン車、携帯電話向け電池の製造、組み立てで事業を支えつつ、地道に三電システムの開発を進めるといった時期が続いた。自動車販売台数で新エネルギー自動車がガソリン車をはじめて上回ったのは2020年、ガソリン車の生産から完全に撤退したのは2022年3月になってからである。

 自動車市場に参入後、同社の新エネルギー自動車が性能、価格の面でエンジン車に対抗できるようになるまでにほぼ20年もの歳月がかかっている。2022年から2024年にかけての自動車販売台数を順に示せば、186万8543台、302万4417台、427万2100台と急増しているが、これは20年間の地道な努力が基礎となっている。

 中国本土の新エネルギー自動車業界を牽引する競合他社、たとえば理想汽車、蔚来集団、小鵬汽車、リープモーターなどは2014、2015年の創業で、小米集団に至っては2021年に入ってから参入した。同じく2021年に従来のスマートドライブシステムの開発から実車(EV車)市場に参入した華為技術を含め、新規参入者たちは、スマートカーを作るといったコンセプトを中核として、一部のキーとなる技術以外は買収するか、外注先に委託するといった戦略で結果を残している。

 優れたビジネスモデルが何よりも重要で、資金は出し手を探せばよく、資金さえ調達できれば、必要な人材も、モノ作りも何とでもなるといった考え方は、誠実なモノづくりで大きな成功体験を持つ日本人にとって共感を得られにくいかもしれないが、こうした考え方で世界のイノベーションの多くは励起されている。

中国新興メーカーの経営スピードに大手メーカーはかなわない

 世界最大の自動車消費市場を持つ中国は、大きな生産能力、裾野の広い産業構造を持っている。中国の自動車産業が全体として、経済合理性を以て新エネルギー車を生産できそうな段階まで成熟したそのタイミングをつかみ、彼らは果敢に市場に参入している。

 トヨタ自動車は、ハイブリッド技術の高さ、地域、市場のニーズに合わせたきめの細かい車種開発戦略、多彩な製品ラインナップ、トヨタ生産方式によるコスト削減力、柔軟な生産体制、水素エンジン、全固体電池など新技術に対する積極的な取り組みなど、既存の大手メーカーの中では高い競争力を持っている。しかし、アニマルスピリット、経営スピードといった点では中国新興メーカーにかなわないのではないか。

 中国でも、既存大手国有自動車メーカーの多くは経営スピード、意思決定が遅く、大きな変革を後追いする形となっている。

 中国の自動車産業において、既存の市場構造を打ち破るような変革者(企業)がタイミングよく一斉に現れたが、こうした変革者(企業)の出現はスマホ、広範なインターネットビジネスや、AI、ロボットなどの産業でも見られる。日本ではイノベーションを引き起こすベンチャー企業が決定的に欠如しており、米中が作り出す変革のうねりの中で日本だけが取り残されかねない状況に陥っている。

 企業の核となるのは言うまでもなく経営者である。向上心にあふれ、強烈なアニマルスピリットを持ち、ハイリスクを厭わず徹底してハイリターンを求める若者の存在、そうした若者の台頭を厭わない、多様性に満ち、異端者に寛容な社会構造が日中間の最大の違いであり、それが企業間の競争力格差となって現れているように思う。

 31日の日経平均株価は4%下落、終値ベースで昨年8月9日以来の安値を記録した。トランプ関税に端を発する米国経済のスタグフレーション懸念や、それにより資金が流出しているといった需給面の悪さや、米国経済の変調が増幅され日本経済に伝播するような点ばかりが強調されているが、それよりも、トヨタ自動車ですらBYDをはじめとした中国勢にグローバル市場を奪われかねないような状況、日本社会における新陳代謝の決定的な遅れといった構造的な問題を心配する投資家は少なくないかもしれない。

文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動。ブログ「中国株なら俺に聞け!!」も発信中。

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