名字は家と家を区別するためのものである。少なくとも室町時代には農村部を含む全国の庶民に名字があったと推測されるが、その多くは「どこに住んでいるか」を示すものである。特定の集落を指す地名であったり、山や川など目立つ地形であったり、大きな木や橋など、ランドマークになる物が名字によく使われた。
当然、方位も名字ではおなじみである。集落の北に住んでいれば「北さん」、西に住んでいれば「西さん」という呼び方がそのまま名字になったというのはわかりやすい。典型的なのが石川家能美市の下開発町。文字通り中世に開発された村で、ここでは庄屋の杉本家が村の中心に居を構え、その東側の家は「東さん」、西側は「西さん」、北側は「北さん」、南側は「南さん」、そして庄屋の周辺の家は「中さん」を名乗った。そうした例は全国にあったようだが、多くはその後の宅地開発や移住によって痕跡が失われている。
農村部で一般的だった方位を使った名字だが、四方位の使われる頻度にははっきりとした傾向がある。名字の全国ランキングから抽出すると違いは一目瞭然だ。
東山さん(1100位台)、西山さん(167位)、南山さん(3400位台)、北山さん(596位)
東田さん(1300位台)、西田さん(109位)、南田さん(3500位台)、北田さん(707位)
東野さん(1100位台)、西野さん(317位)、南野さん(1900位台)、北野さん(381位)
明らかに「西」と「北」が多く、「東」と「南」は少数派なのである。この理由がすぐにピンとくるという人はほとんどいないのではないか。なぜだろうか。