人生の最大の資産である自宅を巡る判断には、慎重さが求められる。高齢の親に対して子供が実家の処分や近居を提案してきても、「私たち(親)のためを思って言ってくれている」と勘違いしてはいけないケースがある。埼玉県に住む60代男性がこう嘆く。
「『近くに住めば面倒を見やすいから』と言われ、住み慣れた一戸建てを手放し、娘夫婦の家の近くの小さなマンションに引っ越しました。ところが面倒を見てくれるどころか、孫の幼稚園の送り迎えや入浴、おやつや夕食の準備まで私と妻に任せきり。共働きの娘夫婦は、はじめから私たちをアテにしていたようです。
最初は孫の相手をするのが楽しかったけれど、いまはもうクタクタ。妻は“これじゃ家政婦と一緒”とボヤいています」
東京都在住の70代男性も、静岡の自宅を処分したことを悔やむ毎日だ。
「ずっと暮らしてきた愛着のある土地で、退職後は広々とした庭で畑仕事をしたり、たまに旧友とお酒を飲んだりして悠々自適な生活を送っていました。でも息子に、『離れて暮らしていたら、いざという時に困る』『もし病気になったら、こっちには大きな病院もない』と説得され、3年前に息子の家からほど近い場所にアパートを借りて引っ越してきました」
家を売ることに不安もあったが、息子に「残しても、古くなって価値が下がるだけ。残された俺たちが処分に困る」と懇々と説得され、その時は納得し実家を売却した。
周囲には「息子さんたちの近くにいられるなんて、いいねぇ」と羨ましがられたが、慣れない土地での生活は辛かった。
「とにかく寂しい。知り合いはいないし、電車の乗り換えもわけがわからないから、外出もままならない。『近いからすぐに遊びに行ける』と言っていた息子家族も、週末ごとに来てくれたのは最初の1~2か月だけ。最近では、電話しても『忙しい』と冷たくあしらわれる始末。でも、もう戻れる家はない……」(同前)
いまでは、鬱陶しさも感じていた地元の親戚付き合いさえ、懐かしいという。ファイナンシャルプランナーの黒田尚子氏は、子供の“呼び寄せ”に応じるかは、慎重に判断したほうがよいと話す。
「子供に『世話をするから』と言われたら、親は断わりにくい。しかし、引っ越しが手配できるくらいの年齢だからまだ元気な状態であることが多く、結局は孫の面倒などを押しつけられてしまう。
また、生活環境が変わり外出の機会や知人と会話することが減ると、認知症になってしまうリスクもある。子供には子供の生活があるので、近くに住んだからといって頻繁に会えるわけではなく、実際には離れていた時とあまり変わらなかったりする。正直、近居するならお試し期間を設けることをおすすめします」