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ライオン社長 コロナ禍で男性が家事に参加しやすくなる商品を提案

「ライオン」ブランドの目指す先を語る掬川正純社長(撮影/山崎力夫)

「ライオン」ブランドの目指す先を語る掬川正純社長(撮影/山崎力夫)

 ハブラシ、ハミガキから洗剤、ハンドソープ、そして除菌用品……生活に密着した商品を世に送り出し続けているライオン。コロナ禍で衛生・健康意識が高まるとともに、在宅時間も増えている。そんな状況下で人々の生活を豊かにするための商品開発とは──。掬川正純社長(61)に訊いた。

──平成元年(1989年)当時はどんな仕事をしていましたか?

掬川:私がライオンに入社したのは1984年です。1989年当時はバブルだったこともあり、企業はとにかく多角化・拡大化の時代。当社でも無機材料を研究する研究室が新設され、私もそこに異動してセラミックスを使った人工歯根の開発・製造に携わっていました。

──研究者時代の印象に残る出来事は?

掬川:無機材料の研究室に異動して2年目の頃、制汗剤に入れる無機粒子の開発を手がけたのですが、その素材がパウダースプレータイプの製品に採用されて店頭に並びました。

 自分が開発した素材が製品になり、お客様にお買い上げいただいたのを目にした時、何とも言えない喜びが込み上げてきました。

 それまでは研究に没頭する川上志向が強かったのですが、この素材の開発を通じて一般の生活者に使われるモノづくりの面白さを体感したことが大きなターニングポイントとなりました。

 商品がお客様に受け入れられ、評価されることの重要性に気付かされ、ビジネスは何に重きを置き、仕事の価値とは何なのかを自問自答するようになりました。

──その後の転機は。

掬川:洗濯用洗剤の商品開発の研究を10年ほどやった後に、そのマーケティング部署に異動しました。ちょうど、洗濯用洗剤が粉末から液体タイプにシフトし始める頃ですね。

 当社には大規模な粉末洗剤専用の生産設備がありました。その設備を捨ててまで液体洗剤市場に挑むべきかどうか、社内でも議論が分かれました。

 しかし、どこに需要があるかはお客様が決めることであり、製造する側の都合なんて関係ありません。液体洗剤のニーズが高くなるのであれば、当社もリスクをとって液体洗剤に本格的に打って出るべきだと進言しました。

 当時の液体洗剤の構成比は市場全体の10%程度でしたが、今では8割から9割が液体に変わりました。

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