既成事実ができてしまえば用済みというのか、新規のロシア系住民は「ユダヤ人」を装う素振りさえ見せず、ロシア正教会への帰依をあらわにする。信者の急増を受け、イスラエル国内ではロシア正教会の教会がいくつも新造されることとなった。
彼ら旧ソ連出身者は「イスラエル我が家」という独自の政党を築く。建国以来、過半数を占める政党が存在せず、連立内閣が常態化しているイスラエルでは、少数政党の意見が法制化されることが珍しくない。議席数は少ないながら、極右政党でもある「イスラエル我が家」の影響力は軽視することはできない。
ロシアのウクライナ侵攻に伴う欧米が中心の経済制裁についても、「中立」を掲げるイスラエルが抜け道になって効果が期待できないとの声が当初から囁かれていた(『JBプレス』4月4日付 加谷珪一「『最大限の経済制裁』は穴だらけ、これではロシアを追い詰められない」やジェトロ・アジア経済研究所『IDEスクエア』2022年5月「(混沌のウクライナと世界2022)第5回 ロシアのウクライナ侵攻とイスラエル──「曖昧」路線の舞台裏」など)。
キリル総主教を制裁対象に加えたのはEUを離脱したイギリス単独によるもの。ロシア経済に対する決定的な打撃とまではいかないまでも、抜け道の一つを潰す効果はあるはずである。
【プロフィール】
島崎晋(しまざき・すすむ)/1963年、東京生まれ。歴史作家。立教大学文学部史学科卒。旅行代理店勤務、歴史雑誌の編集を経て現在は作家として活動している。『ざんねんな日本史』(小学館新書)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)など著書多数。近著に『鎌倉殿と呪術 怨霊と怪異の幕府成立史』(ワニブックス)、最新刊に 『ロシアの歴史 この大国は何を望んでいるのか?』(じっぴコンパクト新書)がある。