日本人の平均寿命は男性が81.64歳、女性が87.74歳(厚労省令和2年「簡易生命表」)。ただし、寿命が延びてもいつまでも心身ともに健康でいられるわけではない。年齢を重ねるほどに、リスクが高まるのが「認知症」だ。
「相続」への影響は甚大なものとなる。長年にわたり父を自宅で介護してきた東京都在住の50代男性Aさんが、認知症に起因する相続トラブルの体験を語る。
「夫婦で介護をしてきた父は80代でアルツハイマー型認知症を患い、その後は高齢者施設で最期を迎えました。亡くなった後、父の自筆の遺言書には『今まで面倒をみてもらった長男(Aさん)に自宅と預金など財産の多くを残す』という旨が書かれてあったのですが、私の弟が納得せず、『これは認知症を発症した後に書かれた遺言書ではないのか』と無効を主張してきました。それ以来、すっかり兄弟仲が悪くなってしまい、親戚での集まりもなくなってしまいました……」
Aさんのケースでは、遺言書の作成日よりも後の日付の認知症の診断書が見つかったため遺言書の正当性が認められたが、Aさんは弟との間で起こった“争族”で、すっかり憔悴しきった様子で肩を落とす。
「今後、高齢化が進んで認知症患者が増えてくると、本人に正常な意思能力があったのかどうかが問われて、もめ事に発展するケースが増えるでしょう」
そう指摘するのは、認知症問題に詳しいよつば総合法律事務所の川崎翔弁護士だ。3年後の2025年には認知症の患者数は700万人前後、65歳以上の5人に1人が患うと推測されている(内閣府「平成29年版高齢社会白書」)。もはや「国民病」となりつつあるが、それとともに相続を巡るトラブルの増加は避けられないという。
「財産を残す被相続人だけでなく、配偶者など財産を受け継ぐ側である相続人まで認知症というケースも考えられます。そうなると問題のタネが増え、それまで行なってきた相続対策が無駄になることもあり得ます」(川崎氏)
認知症と診断されると、その人には“意思能力がない”と判断される。そのため、事故を起こした際に本人は責任を免れるなどする一方、相続手続きといった一切の法的な権利を失ってしまう。そうなると、遺言書の作成や生前贈与、財産の管理や運営などを本人が行なえずに家族以外の第三者を代理人として立てる必要が生じてくる。それによって様々なトラブルが起きる可能性が指摘されているのだ。
※週刊ポスト2022年7月8・15日号