元ソニーCEO・出井伸之氏の逝去に、各界から悼む声がやまない。ソニーのデジタル改革を主導した先見性が再評価され、84歳で亡くなるまでクオンタムリープ会長として現役経営者で在り続けた姿勢にも共感が寄せられている。そんな出井氏が、遺作となった『人生の経営』に収録した最後の原稿となる「おわりに」を書いたのは今年1月末。自ら認(したた)めた遺稿は、現役ビジネスマンたちに対する熱いメッセージだった。以下、特別公開する。
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ここまでは、サラリーマンの会社での生き方を読者の皆さんの参考になるように書いてきましたが、自分が実践してきたもう一つの考え方を紹介したいと思います。
人間は、頭には脳があり、身体には胃・腸・心臓など多数の臓器があり、そのすべてが組み合わさり成り立っています。その構造は、会社組織の構成よりずっと複雑と考えられます。いわば、あなたは自分自身の身体のであり、いつもそれに命令を下しているのです。
会社組織のCEO(最高経営責任者)でも、命令できることと命令できないことがあります。自分の身体に置き換えてみると、血圧や心臓の動き、胃腸の働きなど、自分で直接命令できることとできないことがたくさんあります。会社組織と同じようだと思いませんか? たとえば、自分自身を自分の身体のボスとして、映画が観たい!と映画館に行くことはできます。でも一方で、自分で脈拍や血圧を動かすことはできません。会社のCEOになっても同じことです。CEOだからといって、直接命令できることは案外少ないのです。
この話をかつてアリババグループ創業者のジャック・マーに、彼が自分の会社を設立して間もない頃に話したことがあります。そのときの彼は自分の会社を成長させることに夢中できょとんとしており、実際私に「意味がわからない」と言いました。
それから10年近く経ち、北京で開催されたあるフォーラムで彼に会う機会がありました。そのとき、彼は私に抱きついて「出井さん、昔あなたが言ったことをよく理解できた、ありがとう!」と言ってきました。彼が会社を大きくして大経営者になっていた頃です。
会社のCEOとして重要な仕事に(1)会社の長期的ビジョンを考える、(2)今すぐ解決できる短期的な問題をまとめる、(3)長期/短期両方の問題点を解決する仕組みをつくり、それを実行することが挙げられます。ビジョンは10年以上かけてやり、今直面する短期的な問題の解決は最長1年くらいを目途に考えるでしょうか。