コロナは、本の内容にも少なからず影響している。小説の第一話で、主婦のみづほは、お金を貯めて家族でハワイに行き、アラモアナショッピングセンターで財布を買う。本当なら財布はその後も世界各地を転々とする予定だったが、コロナの影響で海外渡航が難しくなり、運命の財布は国内をぐるぐる回ることになった。
『財布は踊る』には、カードのリボ払いの負債化や、情報商材詐欺や特殊詐欺、奨学金の返済問題、素人大家といった、お金を巡るさまざまな現代的なトピックスが扱われ、いまの時代を映し出す。
たとえば、みづほの夫は、手数料の名目で年利15%のリボ払いを続けて、気づかないうちに200万円以上の借金を抱えていた。毎月3万円ずつ返済するリボ払いのことを、「サブスクみたいなもんでしょ」と言い放つ彼は、問題の重大さをなかなか認識できない。
「『これってサブスクじゃん』って言ってる若い人が実際にネット上にいたんですけど、もちろんサブスクとは違います(笑い)。街金以上の金利を払うことになるリボ払いの手数料についてはたびたびニュースにもなっていますけど、意外とみんな仕組みをよく理解していないみたいで、『この小説を読んではじめてわかりました』という人が結構いました。私自身も経験がありますが、スマートフォンの契約をするとき、本体が安くなるからと、リボ払いのカードの契約も一緒にすすめられたりするんですよね。私は翌月すぐ解約しましたけど、ずるずる使い続ける人もいます」
奨学金の問題は絶対書こうと思っていました
お金についての正しい知識がなければ大企業からもだまされかねない。そう考えると、いまの世の中は、永遠に続くコンゲーム(だましあい)の中にいるようでもある。
小説には、奨学金の返済に追われ、就職してからも節約生活を強いられる2人の女性、麻衣子と彩が登場する。彼女たちは、4年制大学を卒業したはいいが、不況で就職先に恵まれなかった。奨学金ではなく親から進学資金を借り、少しでも返済が遅れるとガンガン電話がかかってくるという同僚の話も出てくる。借りる方、貸す方、どちらにも余裕がない現実が、せつない。
「奨学金の問題は絶対書こうと思っていました。大学を出た時点で数百万円借金を背負って、結婚はあきらめている、という話を何かで読んで、かなり胸に沁みたんですね。私たちの世代だと親が学費を払うことが多かったのですが、いまの親世代だと、老後を考えると大学の学費は出せないという人が少なくないのかもしれません」