東京都S区に住むSさん(50代/男性)は、“実家があまりに広すぎる”という贅沢な理由で、父親にマンションに引っ越してもらった。神奈川県の片田舎にある実家は平屋の一戸建てで、今風に言えば6SLDKの大豪邸。父親はピンピンしているが、さすがに掃除は行き届かず、便利な駅前のマンションに引っ越したのだ。しかしSさんの父親は、集合住宅のしきたりを何も理解していなかった。
「物置き部屋が何部屋もあって、隣の家まで数十メートル離れている家で生まれ育った父親は、“騒音”という概念が理解できませんでした。テレビのボリュームは常に最大ですし、早朝や深夜でもお構いなしに大きな足音で歩き回る。壁には実家から持ってきた、1時間毎にボーン、ボーンと大きな音がする振り子時計が掛けてあり、それだけでも大変な近所迷惑です。目覚まし時計もバカみたいに大きな音がするものを使っています。
他にも、深夜に洗濯機を回したり、風呂場で大声で歌を歌ったり……管理会社から何度も手紙が届きましたが、父親は『隣の部屋の音なんて全然聞こえないぞ?』と言うばかり。“隣の部屋の音が聞こえない=こちらの音も隣には聞こえていないはず”という理屈のようです。それ以外にも、夏場に上半身裸でエレベーターに乗ったり、ポストに行くのが面倒で郵便物がどんどん溜まり、心配して警察がやって来たりと、トラブルの連続。せっかく実家問題が片付いたと思ったのに、完全に頭痛のタネです」(Sさん)
実際に“出て行け”と言われた人も
実際に“最後通告”を受け、追い出される寸前になったのは、東京A区に住むNさん(40代/男性)の父親だ。
「父親は、現役時代はアクティブな人でしたが、リタイア後は一気に交友関係が狭まり、ほぼ引きこもり状態に。母とは死別していて、近所付き合いとはまるで縁がなく、実家に執着もないようなので、生活のダウンサイジングを図ってマンションに引っ越しました。しかし、引っ越したぐらいでは生活スタイルは変わらず、朝から晩までテレビの前に座っているような状態でした。
そのうちベランダに来る小鳥に気付き、エサをあげるようになりました。エサを撒けば鳥が来る、鳥が来ればエサをあげるという作業を繰り返すうちに、やって来る鳥の数はどんどん増え、当然ながらそれがマンションで問題に。美観を損ねますし、ベランダには鳥の糞が散乱していて、不衛生の極みです。しかし父は何度注意されてもエサ撒きを止めず、ついに“法的手段に訴える”と通告されました」(Nさん)
結局、父親は心身ともに問題があったので、老人ホームに入ることになったのだとか。Nさんは、住み慣れた戸建てからマンションに引っ越しさせたのは、「完全に余計なお世話だった」と振り返る。
「駅から遠い実家より、駅近のマンションの方が便利だろうと思いましたが、歩く機会がめっきり減って、足腰が一気に弱まりました。それがテレビ漬けの生活を招いた気もします。実家のあたりは緑も多く、小鳥のさえずりが聞こえることもありました。実家なら鳥のエサやりなどいくらでも出来たはず。寂しさを紛らわせてくれるのが小鳥だけだったと思うと、申し訳なさも募ります。
70代後半になって、半世紀以上住んだ家を追い出し、押し付けがましく“こっちの方が便利だから”とマンションに引っ越しさせたのは子供のエゴでしたし、終活ブームに乗っかって、父親の思い入れのある物をどんどん処分したことも後悔しかありません」(Nさん)
時には、何もしないのが正解というケースもあるということ。老親の処遇で悩んでいる人は、色々な可能性を検討したほうが良いようだ。