この1月から関税率が下がり、米国産牛肉の輸入が急増。同時に、米国産牛肉には、1989年にヨーロッパ諸国(当時のEC)が輸入禁止に踏み切った「ホルモン剤」投与の問題も指摘されている。米ハーバード大学研究員を経て、ボストン在住の内科医・大西睦子さんが語る。
「1950年代から、アメリカ産牛のほとんどが『肥育ホルモン剤』としてエストロゲンなどの女性ホルモンを投与されて育てられています。『成長促進剤ホルモン』とも呼ばれ、牛の成長を早め、飼育コストが節減できるからなのですが、このような女性ホルモンが残留した肉は人間の子供の性成熟に拍車をかけたり、がんの発症を誘発したりする懸念があるのです」
最近では、女性ホルモンを多く利用・服用すると乳がんが増えるという研究データもあり、ホルモン剤の使用はさらに疑問視されるようになっている。大西さんはこう続ける。
「家畜における合成肥育ホルモンの継続的な使用が安全であるかどうかについて、エビデンスはありません。というのも、ホルモンは食物と私たちの体の両方にもともと自然に存在するものであり、専門家も比較するのは非常に難しい」
さらに極端にいえば、検証は不可能に近い。肥育ホルモンによる影響が出るまでには数年~数十年かかる可能性もあり、それだけの期間、危険性が示唆されているものを人間に食べさせ続ける“人体実験”はできない。つまり、体に悪いだろうという推測は立っているが、実際どういう因果関係があるかの立証が難しいということだ。
EUは現在に至るまで肥育ホルモンを使用して育てた牛肉の輸入を一切認めていない。頑なに肥育ホルモン牛肉を突っぱねるEUと、「安全」と言い張るアメリカ。その背景には両国の思考回路の違いがあると、東京大学大学院農学生命科学研究科教授の鈴木宣弘さんが解説する。
「EUは『疑わしきは未然に予防しなければならない』という考えです。それに対し、アメリカは『悪影響が確認できなければ大丈夫』という考え方。それがいかによくないかは、昭和の日本に大きな被害を出した水俣病が象徴しています。当時、水銀が影響していたとすでに推察されていたのに『因果関係が証明されていない』ということで工業廃水が排出され続け、被害が拡大した。本来なら疑わしい場合こそ、未然に措置を取らねばならないのです」