【書評】『EVシフトの危険な未来 間違いだらけの脱炭素政策』/藤村俊夫・著/日経BP/2200円
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
世界全体がエンジン車から電気自動車(EV)に急速に変わっていくなか、日本の自動車メーカーは、EV化の波に乗り遅れてしまった。こんな論調の記事が、カーボンニュートラルとともに数多く報じられてきた。それらは「十分な知識のないメディア」が、欧州自動車メーカーの「政治的思惑」に乗せられたものだと、本書は突く。
長年、トヨタの技術者としてエンジンの設計開発に携わってきた著者は、本当に「環境に優しい次世代車」はEVではなく、ハイブリッド車であることを実証してみせる。EVは、走行時にCO2は出さないものの、その誕生から廃車までのライフサイクルで見ると、原動力となる「電池製造時に多くの電力を消費する」。そのため化石燃料によって作られた電力のCO2を加えるとEVのほうが、ハイブリッド車より多くのCO2を出しているのである。
それを承知で欧州の各国政府がEV化を推し進め、ハイブリッド車つぶしに躍起になるのは、欧州メーカーの技術では日本に太刀打ちできないからだ。日本のハイブリッド車は、ガソリン車と比べて50%のCO2削減効果があるが、欧州メーカーのものは30%に過ぎない。自国の自動車産業保護のためには、日本車の席巻を防ぐ必要がある。「ドイツが2030年、フランスと英国が2040年」以降、ハイブリッド車の販売禁止を決めた背景事情である。
いまや「世界最大の自動車販売国」となった中国の自動車メーカーはどうか。じつは、EV化では政府の定めた規制をクリアーできないと悲鳴をあげ、トヨタから「ハイブリッドシステムの供給」を受けることになった。
自信のあるトヨタは「ハイブリッド関連特許を無償で解放」したものの、「ドイツを筆頭とした欧州の自動車メーカー」は、その提供を拒んでいる。「世界で初めてエンジン車を世に送り出した」という自尊心が許さないからだ。EV化の流れの背景には、アングロサクソンの自尊心と国家のエゴが渦巻いている。
※週刊ポスト2022年8月19・26日号