──そんな複雑な社会を生き延びるには、どうすればよいのでしょうか。
橘:イギリスの政治・社会評論家ダグラス・マレーは、著書『大衆の狂気』(東洋経済新報社)のなかで「最近では、誰もがそう感じているように、文化全体に地雷がしかけられている」と述べています。マレーは「ゲイ」「女性」「人種」「トランスジェンダー」を現代社会の主要な“地雷原”としています。
ローリングは世界でもっとも有名な作家ですが、それでもキャンセル騒動で「殺人予告」まで受け、その評判は大きく傷つきました。一般人が「地雷」を踏めば、人生に回復不能な大きな損害を被ってしまいます。
社会正義は重要でしょうが、一方では、世の中には(右にも左にも)「極端な人」が一定数いて、SNSはそれを「大衆の狂気」に増幅してしまいます。だとすれば、もっとも重要なのは、そういう「極端な人」と接触しないようにすることでしょう。
そのためには最低限、「個人を批判しない」ことが大切です。なぜなら「極端な人」は、自分が批判されたと思うと、常軌を逸して攻撃的になるから。自分が「被害者・犠牲者」で、なおかつ「正義」を体現していると信じている相手には、どのような説得も効果がありません。「批判されたら反論しなければならない」と思っているひともいるようですが、これは最悪の対応で、無視するかブロックするしかありません。
キャンセルカルチャーへのもっとも現実的な対処法は「地雷原に近づくな」の一言に尽きます。新刊『世界はなぜ地獄になるのか』では、社会のリベラル化が進むと、ますます生きづらくなるパラドクスを説明しています。大衆の狂気に巻き込まれず、平穏な人生を歩む一助になれば幸いです。
【プロフィール】
橘玲(たちばな・あきら)/1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。リベラル化する社会をテーマとした評論に『上級国民/下級国民』『無理ゲー社会』がある。最新刊は『世界はなぜ地獄になるのか』(小学館新書)。