名ばかりの「無制限」を打破
乗り換えを躊躇うのは、「楽天モバイルはつながりにくい」という情報が溢れているからだ。単なる風評ではない。筆者も2020年から楽天モバイルを利用しているが、都心のビルの奥や地下鉄での移動中、回線や映像が途切れた経験を幾度となくしている。
楽天モバイルは世界の携帯電話会社がまだどこもやったことのない「携帯ネットワークの完全仮想化(高価な専用機器を使わずに通信する)」というイノベーションに挑戦している。それ自体は見事に成功し、世界初の商用化を成し遂げたのだが、いかんせん3メガに比べると基地局、アンテナの数が足りていない。
しかも楽天モバイルが総務省から割り当てられた電波の帯域は1.7ギガヘルツ。3メガは遮蔽物を回り込み、つながりやすい「プラチナバンド」を持つが、楽天にはない。
この弱点を補うため、2020年のサービス開始に合わせ、KDDIと「ローミング(回線の相互乗り入れ)契約」を結んだ。楽天側が数百億円単位の莫大な接続料金を支払い、楽天モバイルの電波が届かない場所ではKDDIのプラチナバンドを使わせてもらう、という契約だ。
しかしこの契約には「東京23区、名古屋市、大阪市および局所的なトラヒック混雑エリアは除く」という制約があった。おまけに「データ使用量無制限」が売り物だったのに、KDDIの回線を使う場合、月のデータ使用量が「ギガ」を超えると通信速度が極端に落ちる仕組みになっていた。「無制限」は名ばかりだ。
利用者はこうした状況を冷静に把握しており、「安いには安いけど、つながりやすさでは3メガに敵わない」という評価が定着した。これが楽天モバイルの契約数が伸び悩んだ最大の要因である。
だが、冒頭で触れたように契約者が再び増え始めた。利用者は状況の変化に敏感に反応している。なぜ、一度離れたユーザーは「楽天モバイル」に戻ってきたのか──。
(後編に続く)
【プロフィール】
大西康之(おおにし・やすゆき)/1965年生まれ、愛知県出身。ジャーナリスト。1988年早大法卒、日本経済新聞入社。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。『流山がすごい』(新潮新書)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(東洋経済新報社)など著書多数。最新刊『最後の海賊 楽天・三木谷浩史はなぜ嫌われるのか』(小学館)が8月31日に発売された。
※週刊ポスト2023年9月15・22日号