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《日経平均4万円超の裏で》伝説のトレーダー・藤巻健史氏が語る「1ドル=500円」「ハイパーインフレ」の現実味 日銀の金融政策決定会合が“引き金”となる可能性も

藤巻健史氏が危惧する日本経済の未来とは(時事通信フォト)

藤巻健史氏が危惧する日本経済の未来とは(時事通信フォト)

 1ドル=160円台という「超円安」に対して、政府・日銀は2日連続の為替介入に動いたとみられている。日経平均株価は4万円超えの史上最高値更新を続けていたが、その一方で円安による輸入物価の上昇で「インフレ」が加速している。実質賃金は26か月連続でマイナス。物価上昇に賃上げが追いついていない。この円安はどこまで進むのか、私たちの生活はどうなるのか――モルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)時代に「伝説のトレーダー」の異名を取ったフジマキ・ジャパン代表の藤巻健史氏は「日本でいつハイパーインフレが起きてもおかしくない」と警鐘を鳴らす。

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 いまの円安は「日米の金利差が原因」と言う人は多いですが、もっと根本的な問題があります。それは「国力」です。為替レートは2国間の国力が反映されるというのが大原則で、景気が悪くて金利が低い「弱い国」から景気が良くて金利が高い「強い国」にお金が流れる。国力には景気や株価も関係します。金利差だけをもって為替が変動するわけではありません。

 日本が「国力」の弱い国である理由は大きく3つあります。

 1つ目は、この40年間のGDP(国内総生産)成長率が、他国に大きく水を空けられた世界のビリだったことです。GDPという日本経済全体のパイが大きくならなければ、賃金が上がらないのは当然です。2つ目は、国の借金が膨れ上がっていることです。対GDP比でみると、日本の政府債務残高は2022年時点で250%を超える世界最高水準にあります。税収では借金を返すのが世界でもっとも大変な国になってしまったということです。

 そして3つ目が、中央銀行である日銀のバランスシートが対GDP比で“メタボ”になり、世界のどこの中央銀行よりもお金をばらまいていることです。これら3大問題によって国力は弱まり、円安が進行しているのです。

 この状態が続くと為替がどうなるかといえば、1ドル=200円になってもおかしくなく、場合によっては1ドル=400円、500円どころか、それ以上の円安まで考えられます。日経平均が4万円を超えたことが景気よく報じられていますが、この株高も長続きするとは考えにくいでしょう。

日本株、日本債券、日本円の「3つの大暴落」へ

 自国通貨が買われる強い国になるためには、日本経済を立て直すことはもちろんですが、「日銀の財務を健全化」が重要です。

 現時点で日銀の純資産はプラスの状態ですが、ETF(上場投資信託)を大量に買い漁ったことによる金融商品の評価益でかろうじて債務超過を回避しているにすぎません。株価が下がり、長期金利が上昇すれば、いつ債務超過に陥ってもおかしくありません。それもとんでもない規模の債務超過です。

 その状態が近づいた時、格付け機関や外資系の銀行はどう評価するか。彼らが「日銀の財務は健全化しない」と判断すれば、日本での事業から撤退する可能性は高いでしょう。特にアメリカの銀行が日銀にある当座預金口座を閉鎖してしまえば、日本円とドルとのリンクは外れてしまう。そうなると外国人から見向きもされなくなり、「日本株売り」「日本債券売り」「円売り」の3つの大暴落に見舞われる「Xデー」が到来します。

 そうして日銀の信用が失墜した先にあるのが、「ハイパーインフレ」です。日本では終戦直後のハイパーインフレを鎮静化するため、1946年に預金封鎖と新券発行が行なわれました。同じく敗戦国であるドイツでも新マルクが発行されました。このようにハイパーインフレに見舞われれば、それまでの日本円は価値がなくなり、紙くずと化します。新しい通貨を発行しなくてはならない状況に追いつめられます。

 にわかには信じ難いかもしれませんが、日銀の財務状態を注意深くみていると、「Xデー」、「ハイパーインフレ」の到来はそう遠くないように思えてなりません。

政府・日銀による為替介入で円安に歯止めはかかるのか(写真:イメージマート)

政府・日銀による為替介入で円安に歯止めはかかるのか(写真:イメージマート)

個人でできる防衛策は「米ドル資産」を持つこと

 この状況を招いたのは“日銀自身”です。

 順を追って説明します。日本政府は財政規律を無視してバラマキというポピュリズム政策を続けてきました。2012年ごろには財政破綻の危機と思えるほど借金が膨らみましたが、政府は破綻を先延ばしにしようとしました。

 それに加担したのが日銀です。2013年に黒田東彦氏が日銀総裁になると、異次元緩和の名のもとに財政破綻を先送りしようとしました。中央銀行がやってはいけない“禁じ手”とされる、国の借り入れとなる国債を日銀が買って紙幣を刷って賄う「財政ファイナンス」という方法です。国債を大量に買い占めた結果、いまや発行国債の半分以上を日銀が保有しています。さらに、「価格が上下するから、中央銀行は金融商品を買ってはいけない」という原則もありますが、日銀はETFの大量購入を通していまや「日本一の大株主」にもなっています。

 いずれも伝統的な金融政策を学んできた私から言わせれば、金融の教えに反する過激なオペレーションです。紙幣を刷りまくってバラまいた結果、その価値がどんどん希薄化しています。モノの値段よりも通貨の価値が下がればインフレは進み、さらに価値の薄れた日本国債を大量保有する日銀の信用が失墜すれば、ハイパーインフレの可能性は日に日に増していくでしょう。

 残念ながら、このシリアスな状況を打開する策は、ほぼありません。日本経済が世界平均並みの成長率になる可能性は今の社会主義的な経済運営を続けるかぎり低い。国の財政を立て直す解決方法として「増税」がありますが、ここまで借金がたまってしまうと消費税を40%まで引き上げるような大増税が必要になります。政治家も国民も誰も受け入れられないでしょう。中央銀行である日銀の財務が健全化する未来も見えません。つまるところ、残念ながら日銀の信用失墜による「ハイパーインフレ」を避ける道は考えがたいのです。

 では、その悲劇に私たちはどう備えればよいのか。

 円の価値が今後さらに暴落するのであれば、国力が強い国の通貨、すなわち「米ドル資産」を持つことが手っ取り早いでしょう。その意味するところは、1ドル=160円台から200円になれば為替差益が得られるといった目先の儲けを推奨するものではありません。ハイパーインフレという一種の“大火事”が起きた場合に備え、“火災保険”に加入するようなものです。

“あくまで保険に加入しただけ”と考えておけば、ドル買いした時よりも円高が進んで為替差損を抱えた場合でも損したという気持ちは起きにくいですし、悲劇が起こらなくても「よかった」と思えるはずです。何より怖いのは、ハイパーインフレへの防衛策を何もせず、破産を招くことです。

7月の金融政策決定会合が円暴落の引き金に

 最後に、気になる「Xデー」はいつか。

 日銀の債務超過が明らかになり、外資が日銀当座預金を閉鎖する決断をした時です。債務超過になってすぐというわけではありませんが、外資が『債務超過が一時的でない』とか、『さらに大きくなる』と判断した時でしょう。

 日銀は7月30~31日に金融政策決定会合を開く予定です。前回の6月会合で国債買い入れを減額する方針を示し、具体的な計画は7月の会合で決めるとしました。そこでどれほどの規模の減額計画を示すのか。

 「円安が進まないほどの大きな減額幅」を示せば円安に歯止めはかけられるかもしれませんが、長期金利が暴騰し、日銀の保有する国債の価格が下落すれば日銀が債務超過に陥ります。それはハイパーインフレにつながる可能性を高めます。かといって、債務超過を恐れて「国債が暴落(金利上昇)しない程度の小さな減額幅」を示せば、円安に歯止めはかかりません。

 いずれにせよ、7月末の決定会合が“引き金”になる可能性があるという意味で注意が必要です。

【プロフィール】
藤巻健史(ふじまき・たけし):1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。1980年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。1985年、米モルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)に入行。当時としては東京市場唯一の外銀日本人支店長兼在日代表に抜擢される。同行会長からは「伝説のディーラー」と称された。2000年にモルガン銀行を退行後、世界的投資家ジョージ・ソロス氏のアドバイザーなどを務めた。現在、フジマキ・ジャパン代表取締役。参議院議員。

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