優れた企業は、人々の心に潜む「マウント欲求」を巧みに引き出し、それを満たす体験(マウンティングエクスペリエンス)を提供することで顧客を惹きつけている。最新刊『「マウント消費」の経済学』の著者で文筆家の勝木健太氏は、「特に欧米企業はこの分野で日本企業を大きくリードしている」と語る。
では具体的にどの企業がマウンティングエクスペリエンスを活用し、成功を収めているのだろうか。ここではアップルの事例を紹介しよう――(以下、『「マウント消費」の経済学』より抜粋・再構成)。
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アップルは、革新的なプロダクトを次々と生み出し、世界中のファンを魅了している。その製品群は、iPhoneやMacBookといった機能性とデザイン性を完璧に両立させたアイテムで構成されている。
しかし、真の魅力は性能やスペックの域にとどまらない。「アップル製品を所有すること」自体が持ち主のアイデンティティを強化し、他者との差異を際立たせるためのステータスシンボルとして機能している。この特別感こそが、世界的なブランドの象徴として君臨し続けている最大の理由である。
同社の製品を手にすることは、「自分のセンスの良さ」や「時代の最前線を生きる自分」をさりげなく演出し、周囲に印象付けるための洗練された自己表現の一部となっている。
新製品の発表に際してアップルストアの前に並ぶ長蛇の列や徹夜で順番を待つファンの姿がニュースを賑わすのは、まさにその象徴的な光景だ。彼ら/彼女らにとって、新製品をいち早く手に入れることは利便性や機能性を追求すること以上に「自分は他者とは違う特別な存在だ」という優越感を得るための象徴的な儀式にほかならない。
アップル製品はガジェットとしてだけではなく、「所有することで自分の価値を証明し、他者との差異を際立たせるためのアイコン」としての確固たる地位を築いているのである。
中でも、アップルウォッチはMX(マウンティングエクスペリエンス)の観点から特筆すべき製品である。従来の腕時計が「良い時計を所有している」というステータス競争の象徴であったのに対して、全く異なる価値観を提示している。それは「私はスマートで効率的、そして機能性を重視する人間です」というライフスタイルを示す手段としての役割である。