総人口に占める65歳以上の割合が約3割となり、多死社会を迎えた日本。死後の手続きは誰にも身近なものになりつつある。中部地方の田舎で一人暮らしをしていた実母を3月に亡くしたばかりのフリーライター・清水典之氏は、必要書類の取得などに振り回され、亡母の「凍結された銀行口座」の解除手続きに苦労したという。その最大の山場は、預金残高194兆円と国内最高を誇る「ゆうちょ銀行」だった。清水氏が綴る。
(全3回の第2回。第1回〈移動距離300km…亡くなった親の銀行口座の凍結解除への長い道のり 最大の難関は「出生から死亡までつながった戸籍謄本」〉から読む。第3回につづく※6月26日公開)
目次
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JAバンクの凍結解除で、あまりの面倒臭さにすでに嫌気が差していたが、口座凍結解除の最大の山は、その後に控えていたゆうちょ銀行だった。
ゆうちょ銀行は「口座の調査」申請から始まる
ゆうちょ銀行の場合は、他と違い、まず故人の口座がいくつあって、どれだけ預金があるかの調査を申請するところから始まる。他の金融機関でも口座の調査はするのだが、すぐに結果が出てくるのに対し、ゆうちょの場合は調査に1週間くらいかかり、その結果を受けてから、改めて凍結解除と相続の申請をするという二段構えである。
その調査の申請手続きもそこそこ面倒だったのだが、やはり本番は凍結解除・相続の手続きである。まず婚姻から死亡までつながった戸籍謄本や家族の戸籍謄本が必要である。
しかし、収集しながら思ったのだが、(預貯金の相続手続きでは)なぜ出生から、あるいは婚姻から死亡までつながっている戸籍謄本などというものが必要になるのか。口座の名義人が死んだことも、筆者と姉が子供(相続人)であることも、そこまで調べなくてもわかるのではないか。
司法書士法人ソレイユの代表司法書士、杉谷範子さんはこう説明する。
「結婚する前に実は離婚していて、前の配偶者との間に子供がいるというケースもありうるからです。相続人が二人だと言うのなら、本当に二人だけであることを証明するために、出生から死亡までつながった親の戸籍謄本が必要になるのです。
戸籍謄本を収集するのは確かに大変な手間ですが、別の見方をすれば、日本には戸籍があるから、遺言を残さなくても、遺産相続がスムーズにできるのです。戸籍制度のない海外の国だと、遺言がないと手続きがとんでもなく面倒になります」
なるほど。戸籍謄本の収集が面倒などと言って、すみませんでした。
海外在住者は印鑑証明の代わりに「署名証明書」が必要
日本においても、財産分与について記述した公正証書遺言(遺言者と証人2名が遺言書をもって公証役場へ出向き、公証人が確認し、3者が署名・捺印して作成)を残しておけば、口座の凍結解除等が簡単にできるようになるという。
話を戻すが、つながった戸籍謄本についてはJAバンクの口座を凍結解除する際に収集済みだったので流用できたが、問題は、やはり海外在住の姉の印鑑と印鑑証明だった。
姉は印鑑を持たずに帰国していたので、新たに作製することにした。シャチハタ(ゴム印)は不可で、彫ったものが必要だが、結婚した姉は少々珍しい姓になっていて、百均などで売られている既製品では入手できない。だが、技術の進歩はめざましい。近くのイオンに入っている印鑑販売店に行ってみたら、姓の文字をパソコンで入力すると自動で印鑑を彫る装置があり、本人確認も求められず、ほんの20分ほどで作製できた。「印鑑の持つ意味とは?」と、改めて考えさせられた。
もっとも、印鑑を作れても、海外在住で日本に住民票がなければ、印鑑登録はできない。印鑑は、印鑑登録証明書とセットになって初めて本人の同意を証明するので、口座の凍結解除では印鑑だけあっても意味がないのである。それでも、役所でのさまざまな手続きや証明書の申請などで捺印を姉も求められたので、それなりに役には立った。
ゆうちょ銀行の窓口では、某地方銀行やJAバンクのときと同様に、「日本に住民票がないので、印鑑登録ができない。本人はここにいる。パスポートで代替できないか」と頼んだが、認められなかった。
では、どうすればいいのか。海外在住者であれば、現地の日本大使館でサインと拇印を登録し、「署名証明書」を発行してもらって、印鑑登録証明書の代わりに提出せよと言うのである。これは初めて知ったが、海外在住者が、印鑑登録証明書を必要としたときのために、こうした制度(*)があるという。
【*編注/署名証明:日本に住民登録をしていない海外在留者に対し、印鑑証明の代わりとして日本での手続きのために在外公館により発給されるもの。申請者の署名(及び拇印)が確かに領事の面前でなされたことを証明する】
しかし、当然のことながら、(母の訃報で急ぎ駆け付けた)姉はそんな証明書を持って日本へ来ていない。つまり、在留している国に帰って在外日本大使館まで行き、サインと拇印を登録して署名証明書を発行してもらい、筆者へエアメールで送るという形になる。姉が日本にいる間にすべて片付けようと思っていたが、これで不可能になった。
もちろん、筆者のケースは、相続人の一人が海外在住というレアケースだったために、面倒な作業を強いられることになっただけで、日本在住者であれば印鑑登録証明書を添付すればすみ、大した問題にはならないはずである。
提出書類がそろったときには母の死から1か月以上が経過
姉が大使館で署名・拇印の登録をしないと作業は進まないので、姉は帰国することにした。余談だが、筆者の印鑑登録証明書の発行でもちょっとしたトラブルがあった。久しぶりに印鑑登録カードを引き出しの奥から取り出してみたら、生分解性プラスチックを使ったカードだったようで、ボロボロになっていた。印鑑登録は何度でも更新できるので、新たに作成すればいいのだが、これを作った人に「なぜ生分解性プラスチックを使おうと思ったのか」を小一時間、問い詰めたい気分になった。
姉は大使館でサインと拇印の登録をして署名証明書と在留証明書を発行してもらい、署名・拇印をした申請書と一緒に、筆者の元へ送付してきた。姉の自宅から首都にある大使館に行って手続きをするため、東京─名古屋間くらいの距離を特急電車で往復したらしい。
必要な書類がすべてそろったときには、母が亡くなってからすでに1か月以上経っていた。郵便局の窓口に持参して、貯金事務センターあてに提出。入金されるまで、それからさらに2週間ほどかかったが、書類に不備はなかったようで凍結解除はやっと終了した。
ゆうちょ銀行側は、母の預金を筆者の別の銀行口座に振り込むのではなく、筆者が学生時代に利用していて、その後何十年も放置していた郵便貯金の口座をわざわざ探し出してきて、「新しい通帳とキャッシュカードを発行するので、そこへ入金してもいいか」と聞いてきた。ちょっと呆れたが、ここで別の銀行口座への振り込みを選んだら、また面倒な手続きが発生するのではないかと勘ぐって、「それでいいです」と同意した。ゆうちょ銀行、意外にちゃっかりしている。
面倒な「口座凍結解除」を回避するために必要なこと
資産家であれば、この後、相続税の申告をしなければならないが、筆者の場合、幸いにしてというか、不幸にもというか、母の自宅を含めても相続した遺産額は控除額(*)をはるかに下回っているので、申告は不要。これにて終了である。
【*編注/課税遺産の総額が基礎控除額(3000万円+600万円×法定相続人の数)を超えなければ相続税の申告は不要になる】
こうして銀行口座の預金の相続はすべて終了したが、凍結解除という面倒な手続きを回避したければ、親が存命中に通帳、カードの在処と暗証番号を聞き出しておき、口座が凍結される前に引き出してしまうことだ。その際、相続人の同意を得ていないと後々トラブルに繋がりかねないので注意が必要だ。
筆者の場合、母が肝硬変で入院したときに、担当医師から治る見込みがないと聞いていた。辛い症状で苦しむ母を、助からないと知りながら「必ず良くなるから」と励ましていたので、そこで「銀行の暗証番号を教えろ」などと聞くと、まるで「もう助からない」と伝えるようで、とても聞けなかった。本人も知っていたかもしれないが、それでも、である。親が元気なうちに聞き出しておくべきで、逆に、親の立場の人は、そうしたメモをどこかに残しておけば、残された子供たちが苦労せずにすむ。相続人が多数だったり、遺産が多額になる資産家なら公正証書遺言を残しておいたほうがいい。
ゆうちょ銀行が最大の山と述べたが、それは口座の凍結解除に関してのこと。相続という意味ではさらに巨大な敵が残っている。「実家の登記変更」という“ラスボス”である。
(第3回〈【ルポ・遠距離相続の落とし穴】義務化された「不動産の相続登記」を自分でやってみた 父に続いて母も亡くなり、父名義のままだった実家の「数次相続」手続きの苦労〉につづく 6月26日公開)
取材・文/清水典之(フリーライター)