厚生労働省の推計によれば、2040年に「診療所ゼロ」の自治体が342市町村となり、2022年の77市町村から4.4倍に増加する見通しだという。今ある診療所の医師が75歳で引退し承継も新規開業もないと仮定した上での推計ではあるが、“町のお医者さん”が1つもない自治体が続々と出てきたら地域医療はどうなってしまうのか──。
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診療所がなくなり、医療へのアクセスが困難になったことをきっかけとして人口が流出することになれば、生活に必要な商品やサービスを提供する事業者の撤退も進むこととなる。どの業種も事業が成り立ち得るために最低限必要な消費者数というものがあり、それを下回れば事業を続けたくとも続けられなくなるためだ。
とりわけ影響が大きいのが公共交通機関の縮小・廃止である。“交通弱者”たる高齢者にとっては遠方の医療機関に通うことすら難しくなるため、まさに死活問題である。過疎化が進行する自治体は少なくなく、こうした事情は今回の推計で「診療所ゼロ」自治体に該当しなかった市町村でも大きく変わらない。
他方、小さな自治体のこうした暮らしの不便さが、医師を不在にするもう1つの理由となっている点も見逃してはならない。医師にも生活者としての立場があるためだ。
給与を上げても診療所が増えるとは限らない
就業するにあたっては、医師もまた、子育てや親の介護といったことを当然考える。自分の家族の将来を念頭において、勤務地を都市部に求める医師は少なくない。厚労省の推計以上に「診療所ゼロ」自治体が広がることも想定されよう。
医師不足は診療科の偏在も同時に促すため、医師数の少なさ以上に医療アクセスの不便さは広がっている。このため、医師不足が深刻化している市町村から厚労省に対して対策を求める声は大きい。
こうした状況に、厚労省は医師偏在対策に乗り出してはいるが、「営業の自由」があるため強制力をもって医師を不足地域に配置することは現状では難しい。
代わりに、不足地域を指定して医師の給与を増やすための支援金を新設する考えだ。一方、過度に医師が集中する地区には新規開業に際して要件を課し、抑制を図ることも検討している。
だが、開業を規制する政策案に対しては医師側の反発が大きい。不足地域で働く医師の給与を増やすといっても、財源確保のハードルが残っている。しかも、給与を上げたからといって、診療所の開業が増えるとは限らない。
「診療所ゼロ」自治体拡大の背景に“患者不足”という経営問題がある以上、こうした政策には限界があるだろう。